アスベスト(石綿)による健康被害に対して国家賠償を求める、いわゆる「大阪・泉南アスベスト訴訟」で、最高裁が国の責任を認める判決を下したのは2014年9月のことだったが、イタリアでは今年1月、ピレリ社を相手どり、アスベスト訴訟が起こされた。
世界的タイヤメーカー、ピレリ社に対して訴えを起こしたのは、ミラノのビコッカ工場(現在は跡地を大学として再開発)に勤務し、その後、癌を発症して死亡した工員18名の遺族。検察は、同社がアスベスト対策を怠ったことが死因であるとして、2人の元代表取締役を含めて、80年代にピレリ社の取締役の職にあった8名を起訴し、最高で8年の懲役刑を求刑した。
2014年度のCampiello賞とVolponi賞(ともに新人賞)を受賞したStefano Valentiの" La fabbrica del panico(パニックの工場) "は、奇しくも、セスト・サン・ジョヴァンニ(ミラノ県)にあった金属機械メーカーBreda社の工場でのアスベスト被害をめぐる訴訟をモデルにした小説である(2013年、Feltrinelli刊)。
語り手である40歳の翻訳家が振り返るのは、7年前に亡くなった父親のこと。「父親は春から死に始めた」 長年、石綿のエプロン、石綿の手袋をして工場で働いていた父親が肺癌に冒されていく姿が、息子の視点から克明に描き出される。文体は、イタリアの小説には珍しいほど飾り気がない。それだけに、苦しみに満ちたモノトーンの現実の中で、趣味の油絵描きを通じて色彩にあふれた世界を渇望していた父親の痛ましい思いが一層きわだつ。そして物語は、父親や同僚たちの死の責任を追及する裁判へと発展していく。