2014年3月10日月曜日

ボーイ・スカウト創設者 ベーデン-パウエルのことば

「ベーデン-パウエルの最後の手紙」

スカウト諸君
「ピーターパン」の劇を見たことのある人なら、海賊の首領が、死ぬ間際には最後の演説をする暇はないに違いないと、前もってその演説をするのを覚えているだろう。私もそれと同じで、今すぐ死ぬわけではないが、その日は近いと思うので、君たちにわかれの言葉をおくりたい。これは、君たちへの私の最後の言葉になるのだから、よくかみしめて読んでくれたまえ。

私は、非常に幸福な人生を送った。だから、君たち一人一人にも、同じように幸福な人生を、歩んでもらいたいと願っている。
神は、私たちを、幸福に暮らし楽しむようにと、このすばらしい世界に送ってくださったのだと、私は信じている。金持ちになっても、社会的に成功しても、わがままができても、それによって幸福にはなれない。幸福への第一歩は、少年のうちに、健康で強い体をつくっておくことである。
そうしておけば、大人になった時、世の中の役に立つ人になって、人生を楽しむことが出来る。
自然研究をすると、神が君たちのために、この世界を、美しいものやすばらしいものに満ち満ちた、楽しいところにおつくりになったことがよくわかる。
現在今与えられているものに満足し、それをできるだけ生かしたまえ。
ものごとを悲観的にみないで、なにごとにも希望を持ってあたりたまえ。
しかし幸福を得るほんとうの道は、ほかの人にを幸福を分け与えることにある。
この世の中を、君が受け継いだ時より、少しでもよくするよう努力し、あとの人に残すことができたなら、死ぬ時が来ても、とにかく自分は一生を無駄にすごさず、最善をつくしたのだという満足感をもって、幸福に死ぬことができる。
幸福に生き、幸福に死ぬために、この考えにしたがって、「そなえよつねに」を忘れず、大人になっても、いつもスカウトのちかいとおきてを堅く守りたまえ。
神よ、それをしようとする君たちを、お守りください。

君たちの友  
ベーデン-パウエル オブ・ギルウェル


“B-P's Last Message”

Dear Scouts:

If you have ever seen the play "Peter Pan"
you will remember how the pirate chief was always making his dying speech
because he was afraid that possibly
when the time came for him to die
he might not have time to get it off his chest.
It is much the same with me, and so, although I am not at this moment dying,
I shall be doing so one of these days
and I want to send you a parting word of good-bye.

Remember, it is the last you will ever hear from me, so think it over.
I have had a most happy life
and I want each one of you to have as happy a life too.
I believe that God put us in this jolly world to be happy and enjoy life.
Happiness doesn't come from being rich,
nor merely from being successful in your career,
nor by self-indulgence.
One step towards happiness is to make yourself healthy and strong
while you are a boy, so that you can be useful
and so can enjoy life when you are a man.

Nature study will show you how full of beautiful and wonderful things
God has made the world for you to enjoy.
Be contented with what you have got and make the best of it.
Look on the bright side of things instead of the gloomy one.
But the real way to get happiness is by giving out happiness to other people.
Try to leave this world a little better than you found it
and when your turn comes to die,
you can die happy in feeling that at any rate you have not wasted your time
but have done your best.
"Be Prepared" in this way, to live happy and to die happy
- stick to your Scout Promise always
- even after you have ceased to be a boy - and God help you to do it.

Your friend,
Baden-Powell of Gilwell

2014年3月7日金曜日

イタリアに新首相誕生 39才のマッテーオ・レンツィ

イタリアに39才の新首相が誕生。その名はマッテーオ・レンツィ(Matteo Renzi)。民主党党首。元フィレンツェ市長。
1975年、フィレンツェに生れ、リニャーノ・スッラルノ(Rignano sull'Arno)で少年期を過ごす。幼い頃から、ボーイスカウトに入団。そのモットーである「この世の中を、受け継いだ時より、少しでもよくするよう努力し、あとの人に残す」を実践しようと、高校時代に生徒会長となりさまざまなイニシアティブを実行。大学(法学部)に進んでからは、「プローディ委員会(Comitati per Prodi)」を設立し、ここから政治活動に関わることになる。卒論のタイトルは「フィレンツェ1951-1956年:フィレンツェ市長ジョルジョ・ラ・ピーラの初めての実験(Firenze 1951-1956: la prima esperienza di Giorgio La Pira Sindaco di Firenze)」。卒業後は父の会社(マーケティング関係)の幹部として働きながら、ボーイスカウト誌「共に歩もう(Camminiamo insieme)」の編集長をつとめ、「しかし赤外套(ガリバルディ派)はアルド・モーロを殺害しなかった(Ma le giubbe rosse non uccisero Aldo Moro)」(Lapo Pistelliとの共著)を出版。
2004年にはフィレンツェ県知事に当選。減税と経費削減を実施し、文化と環境への投資拡大を実現。
2009年、スローガン「フィレンツェを変える。でなければ政治家をやめてサラリーマンに戻る(O cambio Firenze o cambio mestiere e torno a lavorare)」で選挙戦を闘い、フィレンツェ市長に当選。市議会議員数を半数に減らし、議員は50%男性、50%女性となる。フィレンツェ市のグリーン化をはかり、旧市街(Centro storico)の歩行者天国化を進める。学校・社会・文化部門へ力を入れ、予算を増やす。
2010年、コンベンション「次の駅はイタリアです!(Prossima Fermata: Italia)」を開催。この数十年「権力の座にしがみついている」政治家連の「Rottamazione(ロッタマツィオーネ:くず鉄回収行き)」を宣言。
2011年、政治家、作家、企業家、その他数百人が壇上にのぼって自分の意見を言う大会「Big Bang」を開催。テーマは「共同の目標:イタリア」。約1000人の首長と共に新しいイタリアのモデル、新しい民主党のモデルを築こうと訴える。
「Fuori!(出て行け!/引き出せ!/外へ!)」(2011)、「Stilnovo(スティル・ノーヴォ/清新派)」(2012)、「Oltre la rottamazione(ロッタマツィオーネを超えて)」(2013)を出版。
2013年12月8日、1,895,332票(67.5%)を獲得して民主党党首に選出される。
2014年2月20日、イタリア共和国首相(Presidente del Consiglio dei Ministri/閣僚評議会議長)となる。

レンツィ内閣の構成(閣僚の50%は女性):
Graziano Delrio (グラツィアーノ。デルリオ)- 内閣補佐官
Federica Mogherini (フェデリーカ・モゲリーニ)- Ministro degli Esteri(外務大臣)
Angelino Alfano(アンジェリーノ・アルファーノ)- Ministro dell'Interno(内務大臣)
Andrea Orlando(アンドレーア・オルランド)- Ministro della Giustizia(法務大臣)
Roberta Pinotti(ロベルタ・ピノッティ)- Ministro della Difesa(国防大臣)
Pier Carlo Padoan(ピエル・カルロ・パドアン)- Ministro dell'Economia e delle Finanze(経済・財務大臣)
Federica Guidi(フェデリーカ・グイディ)- Ministro dello Sviluppo Economico(経済発展大臣)
Maurizio Martina(マウリツィオ・マルティーナ)- Ministro delle Politiche agricole, alimentari e forestali(農林政策大臣)
Gianluca Galletti(ジャンルーカ・ガッレッティ)- Ministro dell’Ambiente e tutela territorio e mare(環境大臣)
Maurizio Lupi(マルリツィオ・ルーピ)- Ministro delle Infrastrutture e trasporti(道路交通大臣)
Giuliano Poletti(ジュリアーノ・ポレッティ)― Ministro del Lavoro e Politiche Sociali(労働社会政策大臣)
Stefania Giannini(ステファニア・ジャンニーニ)― Ministro dell’Istruzione, Università e Ricerca(教育大学研究大臣)
Dario Franceschini(ダーリオ・フランチェスキーニ)― Ministro dei Beni e attività culturali e turism(文化財文化活動観光大臣)
Beatrice Lorenzin(ベアトリーチェ・ロレンツィン)― Ministro della Salute(厚生大臣)

以下 "Ministri senza portafoglio" (管轄省を持たない大臣)
Maria Elena Boschi(マリア・エレナ・ボスキ)― Ministro delle Riforme Costituzionali e rapporti con Parlamento(憲法改正国会関連大臣)
Marianna Madia(マリアンナ・マディア)― Ministro della Semplificazione e Pubblica Amministrazione(簡潔化・行政大臣)
Maria Carmela Lanzetta(マリア・カルメーラ・ランツェッタ)― Ministro per gli Affari Regionali(州政策大臣)

2014年2月4日火曜日

レッタ首相、2024年開催オリンピックへの立候補を再度表明。



経済連携の強化を目的にアラブ首長国連邦を訪問中のエンリーコ・レッタ首相は、ソチ・オリンピックに出席する意向を明らかにし、「イタリアが2024年のオリンピック開催地として立候補することを再度表明する」と述べた。

2014年1月22日水曜日

巨匠(クラウディオ・アバド)の夢

アバドが27歳の若さでスカラ座デビューしたのは1960年。1968年から86年までは音楽監督をつとめた。1993年から18年間も留守をしていた「マイホーム」に戻って来たのは2012年のこと。歓喜したスカラの観衆に迎えられた。以前からスカラ座の音楽監督に再就任してくれるよう依頼を受けていたが、アバドが提示した条件、すなわち報酬は、9万本の樹木をミラノに植えることだった。建築家Enzo Piano(エンツォ・ピアーノ)も賛成し、森の中にカテドラルが立つ光景(Piazza del Duomo)がデザインされたが、最初は喜んでプロジェクトに賛成していたモラッティ市長が、資金不足が発覚して許可を出さず、巨匠の夢ははかなくも終わった。

2014年1月21日火曜日

クラウディオ・アバド 死す


世界的名指揮者Claudio Abbado(クラウディオ・アッバード)が昨日1月20日(月)ボローニャで亡くなった。享年80才。スカラ座(1968-86)とウィーン国立歌劇場の音楽監督(1986-1991)、ベルリンフィルの芸術監督(1989-2002)をつとめた。昨年8月にイタリアの終身上院議員に任命されたが、議員報酬はフィエソレ(フィレンツェ)の音楽院(Scuola di Musica di Fiesole)の奨学金制度にまわしていた。

若い頃からアバドと比較されてきたもう一人のイタリアが生んだ偉大な指揮者リッカルド・ムーティ(Riccardo Muti)は「この数十年の間、世界の舞台でオーケストラ指揮と音楽解釈の歴史を記してきた偉大な音楽家を失い、深い悲しみを感じます」と語った。「彼の死は音楽・芸術界にとって大きな損失となるでしょう」。

2014年1月6日月曜日

ナポリ近郊で地震

カセルタ地方にマグニチュード5の地震。ナポリやモリーゼ州カンポバッソまで広範囲に及んだ。1980年にこの近くで起きたイルピニア大地震(死者約3000人)が思い出され、多くの人々が屋外で夜を明かした。

レッタ首相:「2013年度の税率は下がった。2014年度もさらに下げる予定だ」。年収15,000ユーロ以下の家庭には減税制度が適用される。

Volgograd(旧スターリングラード、ロシア)で女性の自爆テロ。死者16人。

アルド・モーロ元首相(赤いルノー4)


1978年5月9日、キリスト教民主党党首アルド・モーロの射殺された遺体がローマのカエターニ通りに駐車されていた赤いルノー4のトランクの中で発見された。犯行は、モーロ党首を拉致したテロ集団「Brigate Rosse/赤い旅団」の仕業とされた。救出されなかった背景には、当時モーロが進めていた共産党との大連立「Governo di solidarietà nazionale/国家連帯政府」構想が大国(米国、ソ連)から懸念され、イタリア政府が逡巡していたという事情もあった。
今日はあの「赤いルノー4」の持ち主フィリッポ・バルトリさんが亡くなった知らせがニュースとなった。
アルド・モーロは現在カトリック教会によって列福手続きが申請されている。