2015年9月17日木曜日



CavalliそしてRoberta Mameli


 バロック音楽のフロンティアの天才的開拓者クラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi 1567年~1643年)のオペラを聴くことは、バロック音楽ファンの最高の楽しみの一つだと思うのだが、いかんせん作品の数が少ない(『オルフェオ』、『ウリッセの帰還』、『ポッペアの戴冠』)のが悲しいところだ。
 一方、そのモンテヴェルディの門下生で、1668年にヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の楽長に就任したフランチェスコ・カヴァッリ(Francesco Cavalli 1602年~76年)は、じつに33ものオペラ作品を残している。1980年代にルネ・ヤーコプスが『ジャゾーネ』、『セルセ』などを次々とレコーディングしたのを先駆けとして、近年、続々と蘇演やCD/DVD化が行われており、ヴィヴァルディに先立つヴェネツィア・オペラの大家としてのカヴァッリの実力の全貌がようやく明らかになろうとしている(それでも30歳年下のフランスの作曲家リュリのブームに比べればだいぶ遅れをとっているが)。
 甘美な旋律美と躍動感にあふれたカヴァッリの音楽のすばらしさを味わうには、最高傑作との誉れの高い1657年初演のオペラ『アルテミジア(L'Artemisia)』のCD(3枚組、Glossaレーベル)をぜひ聴いていただきたい。プロットが複雑華麗すぎて登場人物に感情移入しづらいという難点はあるものの、次から次へと繰り出されるアリアの美しさはまさに圧巻。そして、そうしたカヴァッリ・オペラのすばらしさを、圧倒的な歌唱力と情感であますところなく表現していたのが、アルテミア役を歌ったロベルタ・マメリ。ロベルタ・インヴェルニッツィと並び、古楽界最高のイタリア人ソプラノとして日本でも人気の高い、もう一人のロベルタである。
 昨年もモンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』の日本公演でタイトルロールを歌い、観客に深い感動を与えたマメリだが、今年の来日公演のプログラム(9月27日東京、29日大阪)はピアソラ、ヴィラ=ロボス、グラナドス、ソル、モンポウなど、カタルーニャや南米の作曲家たちを中心にした「近現代物」。とはいえ、なにしろサックス奏者とのコラボでモンテヴェルディをジャズ・ピースとして歌い上げるという離れ業をやすやすとやりとげてしまうマメリのこと、心ゆさぶるパフォーマンスを披露してくれるであろうことは請け合いである。


 

ロベルタ・マメリ|ソング・コレクション

ロベルタ・マメリ|ソング・コレクション

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2015年6月2日火曜日

「21世紀の貧困問題」を考える手だて――アガンベン『いと高き貧しさ』



 ジョルジョ・アガンベンの哲学書や美術書の難解さに辟易・撃沈した人でも(私もその一人だが)、 この本ならどうにか読み通せるのではとお奨めしたいのが、『いと高き貧しさ』(上村忠男・太田綾子訳、2014年、みすず書房)。
 物の所有権を拒み、使用だけを行おうとする共同体という視点から、アガンベンはフランシスコ会を取りあげた。そして、フランシスコ会のそうした先鋭的思想が、法理論的には、バチカン側の強靭かつ精緻な論理の前に敗れ去る経緯を、アガンベンは会則を中心にテクストを丹念に読み解く作業の中で浮き彫りにしていく。
 思えば、『21世紀の資本』のトマ・ピケティが膨大な統計資料を駆使して提起したテーマ「資本主義と経済格差」にしても、実効性のある具体的な政策提言として注目が集まる「ベーシック・インカム」論にしても、その根底にある課題は「21世紀の貧困」。
 今度のアガンベンは、そうした課題に新たな角度から光を当てるための手だての一つとなるかもしれない。

アメリカに生まれ、ローマで暮らした現代美術の巨匠 サイ・トゥオンブリー展、日本で初開催



 世界のオークションの高額落札美術品ランキング、その2014年ベスト10に名を連ねるアーチストを挙げてみる。アンディ・ウォーホル(『トリプル・エルビス』約98億円、『フォー・マロンズ』約83億円)、フランシス・ベーコン(同じく2点)、サイ・トゥオンブリー(『無題』約83億円)、マーク・ロスコ、エドゥアール・マネ、アルベルト・ジャコメッティ、バーネット・ニューマン。
 ここで「サイ・トゥオンブリーって誰?」と思われた方にぜひ足を運んでいただきたいのが、5月23日(土)から8月30日(日)まで、東京品川の原美術館で開催されている日本初の個展。
 高松宮殿下記念世界文化賞(1996年)やヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞(2001年)を受賞したときも、2011年に亡くなったときでさえも、日本での関心は今ひとつだっただけに、長年のファンにとっては、ようやくここまで、との思いが深い。
 アメリカ、ヴァージニア州で生まれ、後半生をローマで暮らしたサイ・トゥオンブリー(Cy Twombly, 1928年~2011年)は、抽象表現主義の流れを汲む、20世紀美術界で最も重要なアーチストの一人…ではあるのだが……拙宅に飾った彼の複製画に対する家族・知人らの反応を見るかぎり、「私でも書ける」、「子供の悪戯書き」、「トイレの落書き」といった評価以上のものが返ってきたためしがない。実際、トゥオンブリー自身、そうした世間の反応に対して、「私が描く線はたしかに子供のようだが(childlike)、子供っぽくはない(childish)。子供の線を描き出すのに必要なあのクオリティーを身につけるのは至難の業だ。それは感じ取るべきものだから」と答えている。
 トゥオンブリーが最初にイタリアを訪れたのは、ラウシェンバーグと共に世界各地を旅した1952年のこと。1959年にはタティアナ・フランケッティと結婚。1960年、イタリアに移住し、2011年に83歳で亡くなるまでローマを生活の拠点とした。
 ちなみにタティアナの祖父、ジョルジョ・フランケッティ男爵は、私財を投じてヴェネツィアのカ・ドーロの修復を行うなど(現在もカ・ドーロ内にフランケッティ美術館として名を残す)、20世紀イタリアの文化財保護事業に計り知れない貢献をなしたコレクター/パトロン。  
 いたずらっ子版ジャクソン・ポロックとでも言うべきスタイルを確立したサイ・トゥオンブリーの作風は、イタリア生活の中で、ホメロスやキーツ、マラルメなどさまざまな文学テクストの引用を織り込むことで、より繊細精緻に重層化していった。ジョルジョ・アガンベンはトゥオンブリーの作品を「落下する美」と評しているが、ロラン・バルトの「何者かが到来する舞台」という形容を踏まえ、「降臨する美」と読み替えることもできるかもしれない。
 最後にゴシップを一つ紹介すれば、2011年に逝去した際には、生前のトゥオンブリーの脱税容疑を理由に、イタリアの検察当局が資産の差し押さえに動いたほど、その遺産額は途方もないものだった(推定13億ドル)。

2015年5月5日火曜日

詩人をみちびく、猫の瞳



 今年のイタリア映画祭の目玉の一つ『レオパルディ』(原題はIl giovane favoloso、「すばらしい若者」)は、中部イタリア、マルケ州の小都市レカナーティの貴族の家に生まれた夭折の天才詩人、ジャコモ・レオパルディ(1798年~1837年)の伝記映画。監督は『われわれは信じていた』のマリオ・マルトーネ。
 モノローグのように朗読される美しい詩の数々もさることながら、とりわけ忘れがたいのが、病み衰えてゆくレオパルディ(エリオ・ジェルマーノの演技のすばらしさ!)のナポリでの生活のなかで、彼を終生支え続けた親友ラニエリの心優しい妹との心の交流である。
  二人の浄らかな魂の触れ合いが描かれる場面で、レオパルディが朗読する愛らしいソネットの作者は、意外にも、超巨編叙事詩『解放されたエルサレム』で知られる、イタリア・ルネサンスを代表する大詩人トルクァート・タッソー(1544年~1595年)。
 「聖アンナ病院の猫に」と題されたこのソネットをタッソーが作ったのは、心を病んだ詩人が7年にもわたって囚人のように暮らした、フェラーラの聖アンナ病院の中だった。
 猫をこよなく愛した詩人のボードレールは、この神秘的生き物を「孤独の底に横たわるスフィンクス」と讃えたが、タッソーは猫の輝く二つの瞳を、嵐の中でも船乗りをみちびく星の光に見立てる。そして、神の寵愛を受けた生き物である猫に向かって、船乗り同様、自分が詩を書くときにも導きの光となって照らしてほしいと呼びかけるのである。

Come nell’Ocean, s’oscura e ‘nfesta,
procella il rende torbido, e sonante,
alle stelle, onde il polo è fiammeggiante,
stanco nocchier di notte alza la testa;
così io mi volgo, o bella gatta, in questa
fortuna avversa alle tue luci sante,
e mi sembra due stelle aver davante,
che tramontana sia nella tempesta.
Veggio un’altra gattina, e veder parmi
l’Orsa maggior colla minore: o gatte,
lucerne del mio studio, o gatte amate,
se Dio vi guardi dalle bastonate,
se ‘l Ciel vi pasca di carme e di latte,
fatemi luce a scriver questi carmi.

2015年3月24日火曜日

La fabbrica del panico(パニックの工場)


 アスベスト(石綿)による健康被害に対して国家賠償を求める、いわゆる「大阪・泉南アスベスト訴訟」で、最高裁が国の責任を認める判決を下したのは2014年9月のことだったが、イタリアでは今年1月、ピレリ社を相手どり、アスベスト訴訟が起こされた。
 世界的タイヤメーカー、ピレリ社に対して訴えを起こしたのは、ミラノのビコッカ工場(現在は跡地を大学として再開発)に勤務し、その後、癌を発症して死亡した工員18名の遺族。検察は、同社がアスベスト対策を怠ったことが死因であるとして、2人の元代表取締役を含めて、80年代にピレリ社の取締役の職にあった8名を起訴し、最高で8年の懲役刑を求刑した。
 2014年度のCampiello賞とVolponi賞(ともに新人賞)を受賞したStefano Valentiの" La fabbrica del panico(パニックの工場) "は、奇しくも、セスト・サン・ジョヴァンニ(ミラノ県)にあった金属機械メーカーBreda社の工場でのアスベスト被害をめぐる訴訟をモデルにした小説である(2013年、Feltrinelli刊)。
 語り手である40歳の翻訳家が振り返るのは、7年前に亡くなった父親のこと。「父親は春から死に始めた」 長年、石綿のエプロン、石綿の手袋をして工場で働いていた父親が肺癌に冒されていく姿が、息子の視点から克明に描き出される。文体は、イタリアの小説には珍しいほど飾り気がない。それだけに、苦しみに満ちたモノトーンの現実の中で、趣味の油絵描きを通じて色彩にあふれた世界を渇望していた父親の痛ましい思いが一層きわだつ。そして物語は、父親や同僚たちの死の責任を追及する裁判へと発展していく。

2014年3月10日月曜日

ボーイ・スカウト創設者 ベーデン-パウエルのことば

「ベーデン-パウエルの最後の手紙」

スカウト諸君
「ピーターパン」の劇を見たことのある人なら、海賊の首領が、死ぬ間際には最後の演説をする暇はないに違いないと、前もってその演説をするのを覚えているだろう。私もそれと同じで、今すぐ死ぬわけではないが、その日は近いと思うので、君たちにわかれの言葉をおくりたい。これは、君たちへの私の最後の言葉になるのだから、よくかみしめて読んでくれたまえ。

私は、非常に幸福な人生を送った。だから、君たち一人一人にも、同じように幸福な人生を、歩んでもらいたいと願っている。
神は、私たちを、幸福に暮らし楽しむようにと、このすばらしい世界に送ってくださったのだと、私は信じている。金持ちになっても、社会的に成功しても、わがままができても、それによって幸福にはなれない。幸福への第一歩は、少年のうちに、健康で強い体をつくっておくことである。
そうしておけば、大人になった時、世の中の役に立つ人になって、人生を楽しむことが出来る。
自然研究をすると、神が君たちのために、この世界を、美しいものやすばらしいものに満ち満ちた、楽しいところにおつくりになったことがよくわかる。
現在今与えられているものに満足し、それをできるだけ生かしたまえ。
ものごとを悲観的にみないで、なにごとにも希望を持ってあたりたまえ。
しかし幸福を得るほんとうの道は、ほかの人にを幸福を分け与えることにある。
この世の中を、君が受け継いだ時より、少しでもよくするよう努力し、あとの人に残すことができたなら、死ぬ時が来ても、とにかく自分は一生を無駄にすごさず、最善をつくしたのだという満足感をもって、幸福に死ぬことができる。
幸福に生き、幸福に死ぬために、この考えにしたがって、「そなえよつねに」を忘れず、大人になっても、いつもスカウトのちかいとおきてを堅く守りたまえ。
神よ、それをしようとする君たちを、お守りください。

君たちの友  
ベーデン-パウエル オブ・ギルウェル


“B-P's Last Message”

Dear Scouts:

If you have ever seen the play "Peter Pan"
you will remember how the pirate chief was always making his dying speech
because he was afraid that possibly
when the time came for him to die
he might not have time to get it off his chest.
It is much the same with me, and so, although I am not at this moment dying,
I shall be doing so one of these days
and I want to send you a parting word of good-bye.

Remember, it is the last you will ever hear from me, so think it over.
I have had a most happy life
and I want each one of you to have as happy a life too.
I believe that God put us in this jolly world to be happy and enjoy life.
Happiness doesn't come from being rich,
nor merely from being successful in your career,
nor by self-indulgence.
One step towards happiness is to make yourself healthy and strong
while you are a boy, so that you can be useful
and so can enjoy life when you are a man.

Nature study will show you how full of beautiful and wonderful things
God has made the world for you to enjoy.
Be contented with what you have got and make the best of it.
Look on the bright side of things instead of the gloomy one.
But the real way to get happiness is by giving out happiness to other people.
Try to leave this world a little better than you found it
and when your turn comes to die,
you can die happy in feeling that at any rate you have not wasted your time
but have done your best.
"Be Prepared" in this way, to live happy and to die happy
- stick to your Scout Promise always
- even after you have ceased to be a boy - and God help you to do it.

Your friend,
Baden-Powell of Gilwell

2014年3月7日金曜日

イタリアに新首相誕生 39才のマッテーオ・レンツィ

イタリアに39才の新首相が誕生。その名はマッテーオ・レンツィ(Matteo Renzi)。民主党党首。元フィレンツェ市長。
1975年、フィレンツェに生れ、リニャーノ・スッラルノ(Rignano sull'Arno)で少年期を過ごす。幼い頃から、ボーイスカウトに入団。そのモットーである「この世の中を、受け継いだ時より、少しでもよくするよう努力し、あとの人に残す」を実践しようと、高校時代に生徒会長となりさまざまなイニシアティブを実行。大学(法学部)に進んでからは、「プローディ委員会(Comitati per Prodi)」を設立し、ここから政治活動に関わることになる。卒論のタイトルは「フィレンツェ1951-1956年:フィレンツェ市長ジョルジョ・ラ・ピーラの初めての実験(Firenze 1951-1956: la prima esperienza di Giorgio La Pira Sindaco di Firenze)」。卒業後は父の会社(マーケティング関係)の幹部として働きながら、ボーイスカウト誌「共に歩もう(Camminiamo insieme)」の編集長をつとめ、「しかし赤外套(ガリバルディ派)はアルド・モーロを殺害しなかった(Ma le giubbe rosse non uccisero Aldo Moro)」(Lapo Pistelliとの共著)を出版。
2004年にはフィレンツェ県知事に当選。減税と経費削減を実施し、文化と環境への投資拡大を実現。
2009年、スローガン「フィレンツェを変える。でなければ政治家をやめてサラリーマンに戻る(O cambio Firenze o cambio mestiere e torno a lavorare)」で選挙戦を闘い、フィレンツェ市長に当選。市議会議員数を半数に減らし、議員は50%男性、50%女性となる。フィレンツェ市のグリーン化をはかり、旧市街(Centro storico)の歩行者天国化を進める。学校・社会・文化部門へ力を入れ、予算を増やす。
2010年、コンベンション「次の駅はイタリアです!(Prossima Fermata: Italia)」を開催。この数十年「権力の座にしがみついている」政治家連の「Rottamazione(ロッタマツィオーネ:くず鉄回収行き)」を宣言。
2011年、政治家、作家、企業家、その他数百人が壇上にのぼって自分の意見を言う大会「Big Bang」を開催。テーマは「共同の目標:イタリア」。約1000人の首長と共に新しいイタリアのモデル、新しい民主党のモデルを築こうと訴える。
「Fuori!(出て行け!/引き出せ!/外へ!)」(2011)、「Stilnovo(スティル・ノーヴォ/清新派)」(2012)、「Oltre la rottamazione(ロッタマツィオーネを超えて)」(2013)を出版。
2013年12月8日、1,895,332票(67.5%)を獲得して民主党党首に選出される。
2014年2月20日、イタリア共和国首相(Presidente del Consiglio dei Ministri/閣僚評議会議長)となる。

レンツィ内閣の構成(閣僚の50%は女性):
Graziano Delrio (グラツィアーノ。デルリオ)- 内閣補佐官
Federica Mogherini (フェデリーカ・モゲリーニ)- Ministro degli Esteri(外務大臣)
Angelino Alfano(アンジェリーノ・アルファーノ)- Ministro dell'Interno(内務大臣)
Andrea Orlando(アンドレーア・オルランド)- Ministro della Giustizia(法務大臣)
Roberta Pinotti(ロベルタ・ピノッティ)- Ministro della Difesa(国防大臣)
Pier Carlo Padoan(ピエル・カルロ・パドアン)- Ministro dell'Economia e delle Finanze(経済・財務大臣)
Federica Guidi(フェデリーカ・グイディ)- Ministro dello Sviluppo Economico(経済発展大臣)
Maurizio Martina(マウリツィオ・マルティーナ)- Ministro delle Politiche agricole, alimentari e forestali(農林政策大臣)
Gianluca Galletti(ジャンルーカ・ガッレッティ)- Ministro dell’Ambiente e tutela territorio e mare(環境大臣)
Maurizio Lupi(マルリツィオ・ルーピ)- Ministro delle Infrastrutture e trasporti(道路交通大臣)
Giuliano Poletti(ジュリアーノ・ポレッティ)― Ministro del Lavoro e Politiche Sociali(労働社会政策大臣)
Stefania Giannini(ステファニア・ジャンニーニ)― Ministro dell’Istruzione, Università e Ricerca(教育大学研究大臣)
Dario Franceschini(ダーリオ・フランチェスキーニ)― Ministro dei Beni e attività culturali e turism(文化財文化活動観光大臣)
Beatrice Lorenzin(ベアトリーチェ・ロレンツィン)― Ministro della Salute(厚生大臣)

以下 "Ministri senza portafoglio" (管轄省を持たない大臣)
Maria Elena Boschi(マリア・エレナ・ボスキ)― Ministro delle Riforme Costituzionali e rapporti con Parlamento(憲法改正国会関連大臣)
Marianna Madia(マリアンナ・マディア)― Ministro della Semplificazione e Pubblica Amministrazione(簡潔化・行政大臣)
Maria Carmela Lanzetta(マリア・カルメーラ・ランツェッタ)― Ministro per gli Affari Regionali(州政策大臣)